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2008年1月12日 (土)

12/9日記~虚像と私の乖離

4月5月の私を振り返ってみた。転任先の生徒は声の大きい教師、腕っぷしのある教師、暴力的に脅して指導する教師の指導は、大方の生徒が聞く。と言っても、今の3年と1・2年は少し雰囲気が違う。学校レベルを超えた生徒はどの学年にもいる。が、刹那的な3年に対し、1・2年は穏やかな生徒が多いようにも感じる。つまり、全体的に落ち着かない3年に対し、一部を除けば穏やかな1・2年だと思うのである。

話を戻そう。私の転任先では声が大きく腕っぷしのある、つまり暴力や暴言を吐くと自分/生徒自身が負けそうな教諭に対し、生徒は一目置くのである。しかし、裏を返せばそれは、よほど屈強な女性教師でない限り、女性教諭にとっては生徒の横柄さに耐えたり、相手にしない、そして我慢できる度量が必要となってくる。
私は、この男尊女卑的な雰囲気が最も嫌いだった。赴任早々その雰囲気に気づいた私は、愚痴をこぼしつつ、必死に耐えている女性職員の加勢をしたりもした。

そんな学校の中で私はどの位置にいたのか。私はもともと筋肉質であり、空手と剣道をしているという話は「屈強な人」という虚像がつくられていくこととなった。と同時に、腕相撲や筋肉を見せてとせがまれることで、その虚像づくりを自ら膨れ上がらせていった。「屈強な男」という虚像がどんどん膨れあがる中、もともと強く大声を出すことなど滅多にない私にとっては、虚像と「私」がどんどん乖離していった。乖離するほど苦しむ「私」がいた。自らもが膨らませた虚像は、確かに指導に有効なのだ。しかし、それは虚像なのだ。本当の「私」ではない。それは、まるでタバコに耐えた人がタバコを吸うと落ち着くと言っているのと同じような気がする。もともと人間にタバコは必要ではない。どうしても必要なら、幼少時から吸わずにはいられないからだ。
さらにこの虚像と「私」の乖離がすすむにつれ、私は疲れてきた。その疲れは虚像の影をも薄くしつつあった。それは、指導に従わない生徒へのねばり強さを求められることになる。するとまた、私は虚像に頼ろうとする。そんな日々の繰り返しの中で、私は「私」がどこにいて、何をするのか、いや何もしたくない、何もかも捨てたいと思うようになった。虚像中毒にかかった私を「私」に戻すことが、この治療だとも言える。原点に返る。声の大きさや腕力に頼らない私が。誠実に人に向き合おうとする私が。全てを手なづけておかなければならない、自分の持ち場を崩してはいけない、そう見られてはいけないという自分自身へのプレッシャーからの解放が。「私」を変えようと言っているのではない。「私」に戻るのである。人に向き合う「私」に。そこに理論や理屈はない。

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