昨日、写真の整理をした。未仕分けの状態だったし、未現像のままCD入りもあった。
未現像はさしあたって150枚ほど現像に出した。フィールドワークものは次回にした。
なぜかボクの手元には、ボクの生後間もない頃の写真がある。
母にギュッと抱かれた写真の中のボクは、ベソをかいていた。
その写真をみて、今のボクも昨日は泣いていた。
完成したばかりの実家の写真もあった。今はもう築30年を越えた。
ボクの祖父がつくり、親がローンを組んで買った家。
写真に写っている玄関ガラスは今、差し替えられている。
写真に写っている洋間ガラスは今もガムテープで補強してある。
家の中には壁に無数の穴や窓のない窓枠がある。
全てボクが壊した。
完成直後の家の写真をみて、祖父と親に悪いことしたな、と思った。
幼稚園の制服を着たボクがいた。
首から下げているバッグの模様はF1カー。記憶していた。
履いている靴は「GIANTS」。これも記憶している。
庭には、色鮮やかな花が咲いていた。綺麗な自宅庭だった。でも記憶にない。
幼稚園のお別れ遠足の写真には3人の幼なじみが写っていた。
ボクはその中の一人に小5の時、集団でいじめられた。
ボクはその中の別の一人を中2の時、集団でいじめた。
そいつのショボンとした顔は今も記憶にある。
そいつはボクが大学の頃、ヒョコっとウチに来た。「久しぶり~」って。
幼稚園時の写真を眺めていて、「ボク、まだきちんとコイツに謝ってない」って思った。
小学校時代からの写真はボクの手元にはあまりない。
それでも何枚かの小学生時代のボクの写真をみて今のボクは愕然とした。
殆どの写真は笑顔。
けれども「何だ
この狡猾な笑いは
」。
小学校生活を送っているボクは、いつの間にか醜いほど狡猾な笑顔だった。
妻にも見せた。妻にはボクの言っている変化が分からなかった。
でもボクには愕然とするほどの笑顔の変化だった。そして一方で思った。
「醜い狡猾な笑顔の誕生を家族のせいにしてはいけない
」と。
それだけは、絶対に
ボクにはできない理由が、ボクの中にある。
中学校時代は写真を撮ったという記憶そのものがない・・・・。
ま、ボクの手元にも中学時代の写真はない。見ない方がいいと思う・・・。
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