12月13日に真実を聞いてから気分はあまりすぐれない。妻のことを思うと尚更ふさぎがちになる。そんな今、これまでの日記を読み返してみた。すると、11月25日にこんなことを書いていた。
「今は、俺が自分のことばかりしゃべって病んで。妻の喜びや悔しさを聞きたいし、同じ体験を共有したいネ」
既に3週間前に妻について、時と心を通わせたいと綴っていた。
11月25日にはⅡドクターからこう言われている。
「おそらくこれからも波はあるだろう。そのときにどんなふうに考え乗り越えてきたか。どんな苦しみを持っていたか。メモしておきましょう」
今、その波が来ている。涙を流すことや親に思いをぶつけることで乗り越えようとしてきている。自分を見つめ直すということは、ある部分では自己を肯定し、そして否定することである。否定することは苦しい。その苦しみを認めた先に次の私があるように思う。
12月2日には、これからの自分について次のようなことを書いている。
「うつ病でなくても、イヤになることや何もしたくないことはあるわけで、そういう時にある意味割り切って転換できるかどうか・・・これだろう」、「気分の落ち込みを許せる自分が来た時が退院の基準ではないか」、「ゆっくりできた~自宅でもゆっくり療養していける。そう考え決断した時だと思う」
12月7日には今の自分について、こう書いている。
「私には、笑いが、休みが必要だ。それが今、必要だから許されているんだ」
今の自分を肯定しよう、いや肯定して良いと思おうとしている気持ちがそこにある。そして今日、病棟で最も仲良くしている②くんに真実を知ったショックの話をした。それに対し②くんはこう答えた。
「俺もあるよ。それも何度も」
病気だから採用しないと言われることに腹が立たねぇか?と私が聞く。
「腹立つよ」
と事も無げに②くんは答える。それを乗り越えているのが今の彼である。このあっさりした答え。②くんは自分の病気(統合分裂症)を受け入れているのである。その上で治したいと思い、社会復帰、夢への実現を熱く語ってくれる。病気を理由に何度も採用を断られてきた経験者が前を向いて歩こうとしていることに、何だか自分のショックがちっぽけなような気もしたし、何よりここにそれを乗り越えようとしている人がいることに勇気づけられた。妻の声が聞きたい。随分気持ちが軽くなった。これまでの自分を振り返り、②くんの言葉をもらったことで。
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